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2010.10.2908:38

沢村泣けた!巨人単独指名に感極まった…G1位

 67年ぶりに沢村が巨人へ帰ってくる。プロ野球の新人選手選択会議(ドラフト会議)が28日、都内のホテルで行われ、中大の157キロ右腕、沢村拓一投手(22)を巨人が単独1位指名。子供の頃からの夢がかない、会見で歓喜の涙を見せた沢村だったが「これからが本当の勝負」ときっぱり。「2ケタ勝利」を目標に掲げた剛腕が、楽天・田中、広島・前田健と逸材がそろう黄金世代に殴り込む。

 胸の奥からこみ上げてくる感情を、沢村は抑えきれなかった。

会見場の後方で見守っていた中大のチームメートの姿が目に入ると、笑顔が涙に変わった。「自分の名前を呼ばれた時から、(中大での)4年間のことをいろいろと回想してしまって、ものすごく深いもの、泣けてくるものがありました」。入団を熱望していた巨人からの1位指名。157キロ右腕は顔をくしゃくしゃにし、仲間たちの手で5度、宙を舞った。

 信じていた。ドラフト直前まで複数球団の競合が予想され、巨人以外から指名された場合は、メジャー挑戦も辞さない考えだった。不安でいっぱいだったが、終わってみれば単独で指名した巨人が交渉権を獲得。「思い通りというか、100点のドラフトになってよかったです」とかみしめた。

 しかし、ここからが沢村だ。ひと通りの祝福セレモニーを終えると、あっという間に勝負師の顔に戻っていた。「すぐに活躍しなければ、意味がない。2ケタ(勝利)できるように、もっと練習して準備しておきたい」。1年目から先発ローテ入りを期待されるが、即戦力としての自覚も十分だ。希望する背番号を問われると「18番です」と力強く言い切った。

 堂々とエースナンバーを熱望したが、大胆な発言は努力に裏付けられている。「何かを犠牲にしてでも取り組むという姿勢がものすごく大切。僕自身この4年間、遊んでいないと思いますし、その分練習してきました」。栃木・佐野日大高時代は3番手投手に過ぎなかったが、中大進学後にメキメキと力をつけた。直球の最速は20キロ近くアップし、大学球界屈指の剛腕へと上り詰めた。厳しいプロの世界でも、サバイバルを勝ち抜く自信はある。

 まっしぐらに野球に打ち込む性格は昔から変わっていない。子供の頃から巨人戦を見に東京ドームへ頻繁に通っていた。「自分がボールを投げたり、打つのに夢中な子ですからね」と父・伸一さん(54)が証言するように、一流選手のプレーに刺激されるとじっとしていられなくなり、すぐに野球をやりたがったという。

 高卒でプロ入りした楽天・田中、広島・前田健、大学を経てプロの世界に飛び込む早大・大石、斎藤ら同世代のライバルは多い。もちろん、負けるつもりはない。「ただスタートラインに立っただけ。これからが本当の勝負だと思ってるので、プレッシャーというよりは、仕事をしなくちゃならない責任を感じます」。逸材ぞろいのゴールデンエージ。世代最強の座を力ずくで奪いにいく。

 ◆沢村 拓一(さわむら・ひろかず)1988年4月3日、栃木市生まれ。22歳。小学2年で野球を始めた。佐野日大から中大入学後、元巨人投手・高橋善正監督の指導と下半身の筋力トレで才能が開花。2年秋の東都1部復帰に貢献、09年日米大学野球選手権で日本代表。球種はスライダー、カーブ、140キロ超の高速フォーク。183センチ、90キロ。右投右打。家族は両親と姉。
(引用:livedoorスポーツ)

プロでもガンバレ~

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